【Book】国語辞典 誰も知らない出生の秘密

石山茂利夫 著、
草思社 刊、
辞書製作に関する舞台裏を探る。
http://www.amazon.co.jp/dp/4794216033

 辞書というと、色々な書物の中で「客観的な事実を並べたデータ集」「著作・編集者の個性や主張は現れない」と思われがちだが、実際には編集を担当した国語学者や出版社の主張・意地、ライバル辞書との売り上げ合戦、国語政策の迷走の影響などから、相当どろどろした舞台裏を持つ。
 通常の利用者は想像だにしないと思われるそのどろどろした状況を、著者は各版の「序」「あとがき」や様々な研究書、および当時の関係者への取材から、明らかにしている。

■第1章 切り張り人生語り尽くし−花形辞書『広辞林』の戦後−
 広辞林は、前進の辞書「辞林」(1907年刊)を大幅に増補改訂し、1925年に刊行された三省堂の辞書である。
 国語項目の他に百科項目・新語を大幅に取り入れ、新時代にふさわしい辞書としてベストセラーになった。第6版が1983年に刊行されており、明治~平成の四時代を生き抜いた稀有な辞書であり、「広辞苑」(岩波書店)とならんで2大辞書と称されることもあるが、その歴史の実情はお寒い限りである。
 主幹編集者にそっぽを向かれて刊行された「新版」(第3版相当)、「広辞苑」の登場で消滅の危機に瀕死た際、やっつけ仕事で刊行された「新訂版」(第4版相当)、やっつけ作業後の「本格的な改訂版」は販売戦略上から別名で販売されたが売り上げ不振となり、急遽「広辞林」の名で再編集された「第5版」といった具合である。

■第2章 裏『「広辞苑」物語』
 対する広辞苑もまたしかりで、主幹編集者の新村博士と岩波書店側の綱引きが、良く見れば1冊の辞書の序文と後記の公開バトルとして白日の下にさらされている。

■第3章 九○○○語の大リストラを行った辞書
 通常、辞書は語彙の充実をもって他者に対する優位性を誇示することが多い。
 しかし、九○○○語もの語彙を改版時に削減した辞書があった。それは、前述の「新訂版広辞林」である。
 「辞苑」「広辞苑」登場で凋落する直前、辞書界の巨人として君臨した広辞林は、敵なしの状況において現代辞書への脱皮を図るべく、利用頻度の低い漢語の大幅削減を秘密裏に断行し、その事実は著者がひょんなことから気づくまで、国語学者などにも知られず70年も隠蔽されていた。

■第4章 辞書の語数が語るトンデモ異聞
 第3章のような事実が気づかれにくい理由として、辞書優劣の一つの指標である語数・用例数などについて、出版元が広告などで謳う公称値が鵜呑みにされているからである。さらにその公称値も、製作後に数え上げられたものとは限らず、大幅に誤っている場合があり、単純な数え漏れでは説明できない誤差を含むものがある。

■第5章 国語改革熱が刻印された辞書たち(上)
■第6章 国語改革熱が刻印された辞書たち(下)
 辞書が扱う言葉について「文字」も重要な要素である。
 漢字は、「康煕字典体」を一つの規範としてきたが、戦後の国語改革の中で定められた当用漢字(現在の常用漢字の前身)と、同時に行われた当用漢字表内文字の簡略化を発端として、非常に混乱した。
 国語改革の理念は、「複雑な漢字を簡易化し、公文書やメディアで使用する文字を限定することで、国民の利便性を図る」といったものが、その裏には、急進的な「表音主義者」(=漢字全廃でカナ書きまたはローマ字書きを推進することで欧米文化に追いつこうとする考え)からの後押しがある。
 この「悪影響」で、表内漢字に導入された様々簡略体の延長で、表外漢字についても非統一的な簡略化が行われ、各種辞書にもその影響が見て取れる。

国語辞書 誰も知らない出生の秘密

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