【Memo】一木努コレクション

■概要
 2/28、江戸東京たてもの園にて、江戸東京たてもの園 開園15周年記念特別展「日本の建物」の第4部「建物のカケラ 一木努コレクション」を見学してきました。


■一木努コレクションとは
 一木努コレクションは、現役歯科医である一木努さんが個人的に収集した各種建築物のカケラのコレクションです。
 1966年夏、当時高校2年生だった一木努さんは、故郷の原風景である菓子工場が解体されるのを目の当たりにし、煙突のカケラを手にしました。これがコレクションを始めたきっかけといいます。
 以来約40年にわたり、気になる建物が解体されると現場に赴きカケラを採取し続けています。


■本展の背景
 本展は江戸東京たてもの園学芸員・浅川範之さんと江戸東京博物館助教授・米山勇さんが一木努さんに展示を持ちかけ、実現しました。
 本コレクションの本格的な展示は、INAXギャラリー1(東京)で1986年、INAXギャラリー大阪で1987年に行われた「建築の忘れがたみ展 一木努コレクション」以来です。
 前回展示が「20年分の集積から約400点を選別」したものだったのと比較して展示点数が大幅に増加しています。コレクションの品々もそれぞれ興味深いですが、企画担当両氏の建築学的視点に基づくコメントや研究・分類展示の趣向、来場者に配布されるパンフレットの出来栄えを含め、全体的に大変素晴らしい展示会になっていました。


■一木努コレクションの特長
 本コレクションは一木努さんの個人的な思い入れによって行っているものであり、特に建築学的な主題に基づき研究・蓄積したものではありません。にも関わらず、現在では重要な意味を持っていると考えられます。


▼数量
 自ら赴いた約900箇所の現場から採取した約2000点のカケラを保有。本展ではその中から厳選した約700点を展示しています。


▼素材の網羅性
 例えばタイルとテラコッタ(建築外壁装飾用陶器)だけであれば、愛知県常滑市にあるINAX世界のタイル博物館が擁する「山本コレクション」は一木努コレクションを凌ぎます。約3000種・6000点を含み、いくつかの品は原型に近い形で保管されているということです。
 しかし、建築に使われる多種多様な素材を網羅した建築遺物コレクションは他に類を見ません。

 今回の展示では、以下のような素材について分類展示を行っていました。


・石
・金物
・木/布/ガラス
・漆喰/モルタル/コンクリート
・瓦
・タイル
・スクラッチタイル
・レンガ
・彫刻/レリーフ
・エレベーター(階数パネル等の部品)
・サイン(看板文字、町名表示、室名表示等)


▼性格の網羅性
 建築物には様々な性格、様々な分類軸があります。例えば建築様式・建築家・時代・地域・建築物の用途・関係する事件などです。
 本コレクションではこれらの面でも網羅的なものになっており、数量の集積と合わせてあらゆる角度で楽しむことができます。

 今回の展示では、一木努さんの半生に重ね合わせた展示「コレクター・一木努物語」、明治・大正・昭和の色々な出来事を建物のカケラで思い起こす展示「時のカケラ」、採取場所の中心である東京の街で過去に存在していた著名建築のカケラを空間的に展示する「場のカケラ〜TOKYO カケラの街〜」などを行っていました。

 また展示解説にて、各カケラを題材に建築様式や建築様式にまつわる背景説明を行っており、大変楽しむことができました。


■その他の展示
 2/28はミュージアムトークとして米山勇さんによる展示説明がありました。
 本コレクションの特長や各種建築物の背景等について多岐にわたる話を聞くことができ、非常に有意義なものでした。多くの来場者が集まり熱心に話を聞いていました。
 ミュージアムトークは浅川範之さんも別の日程で行っており、一木努さんご本人も日曜日にはボランティアで会場に顔を出されていたそうです。

 その他、以下のような展示がありました。


・全展示品一覧写真
 全展示品の写真をパッチワークのように構成し入り口壁面に掲示。個々の実物展示とは違った迫力がありました。
・「建築雑誌」の表紙を飾ったカケラ
 路上観察学会で一木努さんともなじみの深い、建築探偵にして東京大学生産技術研究所教授である藤森照信さんが、日本建築学会誌「建築雑誌」の編集主幹を行っていた時期、その表紙は一木努コレクションのほぼ原寸大の写真を掲載していました。本展の壁の一面を使用し、各号の表紙とその実物を対比展示していました。
・ベストセレクション
 今回の展示の中心人物である一木努さん・米山勇さん・浅川範之さんが、それぞれコレクター・建築史家・学芸員の視点で最良の品を選択。


■主要展示物
 個人的に興味深かった展示物について写真を掲示します。


左:植村甲午郎邸 外壁モルタルレリーフ
 見事な出来栄え。
右:野村証券江戸橋分館(旧森岡興業K.K.) 換気口鉄金具
 一見、木にも見える色調に念入りに塗装された金属レリーフです。


左:東京都庁第一本庁舎 都民ホール壁画
 岡本太郎作の陶板壁画。完全保管の動きもあったが叶わず破壊されました。しかしカケラは残りました。
右:後楽園球場 ゴム製フェンス
 写真は王貞治選手(当時)が756号ホームランを打った瞬間の映像。そこに映り込んでいるホームベース後ろのフェンスがこのカケラの部分。


左:趣のあるサインの書体
 最近は看板や行き先表示などにもDynaFont由来の書体が使われていたりしてげんなりします。
右:東京回教寺院 ドーム(タイル・モルタル
 アラビア文字の一部と思われるが、どの文字か判別できず上下が正しいか不明とのこと。


左:コレクション中最大のカケラ
右:鹿鳴館 松杭
 本コレクション中最古の品。
 鹿鳴館明治16年竣工・昭和15年解体。その後同じ場所に大和生命保険会社が立てられ、社屋建替えの際に地中から発見されたそうです。


左:建築会館 郵便受け
 上部階から容易に郵便を出すための、自由落下型郵便差入口。
右:幸ビル エレベーター階数表示盤
 残念ながら後ろの機械部分は残っておらず。


左:青山中学校(旧陸軍大学) 金具
右:公安調査庁(旧憲兵隊司令部) 小窓金具
 ゆがんでいるのはなぜでしょうか。


左:安部球場(旧戸塚球場) スタンド鉄骨
 解体後の敷地から遺跡が出土したのを記憶しています。
右:軍艦島(映画館) 外壁タイル
 一度訪問してみたものです。


左:浅間山荘 外壁
 事件翌年、解体工事の際に採取したらしい。
右:神田カルチェ・ラタン事件の投石
 「建物のカケラ」コレクション中に例外的に含まれる「投石」。但し、わざわざ自然石でなく建物のカケラの投石を選択しているのでぎりぎりセーフ。


左:トキワ荘 外壁モルタル
右:美空ひばり邸 鉄扉飾り
 ト音記号を模した飾り。解体が決まった際、一木努さんは早い時期からこの部分を確保することを決めていたといいます。
 また本展示品の存在を聞きつけ、美空ひばりの熱心なファンが本展に来場されたとのことです。


左:吉田謙吉邸 舞台幕
 一木努さんは本コレクションを主題として「路上観察学会」にも参加されています。路上観察の源流とも言える「考現学」の始祖・今和次郎の相棒であり、関東大震災直後に「バラック装飾社」設立に参画した吉田謙吉の邸宅の「カケラ」がこれです。
 演劇活動も行っていた吉田謙吉が自宅にこしらえた舞台の緞帳です。
右:皇居のカケラ
 実際には「内閣千代田文庫 書欄の鉄支柱」です。


阪神・淡路大震災 各種建築物のカケラ
 「将来、地元の人たちが。自分達の暮らした街を思い出す拠り所を残さなくては」との思いから、有名建築だけでなく三ノ宮駅や商店街・市場など生活に密着した建物のカケラを採取しています。


・古谷野時計店 看板文字
 展示会場出口を飾る「時」の一文字。
 一木努さん宅きの近所にあった名建築。当初はモルタル外壁に輝く金文字だったものが70年以上の歳月を経て朽ちた木肌を見せています。
 出口に掲示された一木努さんのメッセージとあわせて、展示の末尾を飾るのにふさわしい一品でした。


■その他の写真
http://f.hatena.ne.jp/Orihika/2009-03-01/


■参考
「建物のカケラ 〜一木努コレクション〜」を観て
http://www.hyodo-arch.com/buryoshaki/2009/02/post-124.html
※兵藤善紀さんのブログサイト「無聊写記」の記事。
 本展見学記録と、一木努さんに質問した内容が記されています。

建物のカケラ 一木努コレクション
http://blog.goo.ne.jp/micchi55/e/ceed7cb4a69d21cf0f6fa84844ffda2a
※みっちょるんさんのブログサイト「みっちょるん@Tokyo☆」の記事。
 本展見学記録が記されています。

建物のカケラ〜 思いをはせて
http://blog.goo.ne.jp/micchi55/d/20090110
※みっちょるんさんのブログサイト「みっちょるん@Tokyo☆」の記事
 本展見学記録が記されています。

[見た][建築]「建物のカケラ 一木努コレクション」展 〜江戸東京たてもの園その1〜
http://d.hatena.ne.jp/snow8/20090202/p1
※雪朱里さん (id:snow8) のブログサイト「雪景色」の記事。
 本展見学記録が記されています。

一木コレクションが焼失
http://www.chikusei-city.net/modules/bulletin/article.php?storyid=1544
※ニュースサイト「筑西シティネット」の記事。
 2007年にこのニュースを知り大変な衝撃を受けましたが、コレクションは無事で今回の展示が行われたことに安堵しています。

一木歯科医院
http://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/bunkazai/touroku/t-7.htm
※一木努さんの経営する歯科医院です。
 大正11年造、木造鉄網コンクリート仕上げで国内で数少ない現存例ということで茨城県登録文化財に指定されています。

建築の忘れがたみ 一木努コレクション
http://www.amazon.co.jp/dp/B000J6O6FU
http://www.inax.co.jp/publish/book/detail/d_515.html
※1986年のINAXギャラリー展示会での図録です。現在は絶版で、古書がプレミア価格でわずかに流通しています。