【Book】スパムメール大賞

サエキけんぞう 著、
文藝春秋 刊、
迷惑メールが期せずして醸し出す空想世界の雰囲気。


 インターネットの商用利用が普及するに従い、電子メールは個人のコミュニケーションとしてだけでなく広告目的の用途も広がった。
 物理郵便と異なり短時間で大量に送信できるといった特性から、ユーザの迷惑を顧みずに広告を送る手段としての利用が蔓延しており、本来の用途に用いるのが困難な状態ですらある。


 ところがその内容に目を向けてみると驚くほど工夫が凝らされており、その創作力には関心させられてしまう。そのためここ数年はスパムメールの収集・蓄積を試みている。


 本書は、著者が収集した大量のスパムメールから代表的なものを時系列に取り上げ、どのように進化してきたかを分析するとともに、傑作を選び出していく内容となっている。本書を見つけたとき、同好の士にあったような気がした。

 スパムメールの本来の役割はポン引き。「おっちゃん、エエねえちゃんオルデ!」と殿方の袖を引くあの職業に似ています。
(中略)
 風俗産業は、通常、おおげさな誘いはかけても、社会の中で共生していこうとする地道な方向性を持っています。しかし、これらのスパムメールは、どこか遠い惑星のできごととも思われる突拍子もない世界を多発的なメールによってこれでもかと描きだすのです。
──第1章より引用。

 本書ではまず第1章にて、以下のような基本事項について説明している。


・スパムの語源
・世界最初のスパム
・世界最初の広告目的のスパム
チェーンメールの一時的な流行


 そして本書の主題とも言えるスパム界における一大潮流──2004年末に発明されまたたくまにスパムメールの中心的手法となった逆援助交際型メールの2005年一年間の動向について、第2章〜第5章を費やして紹介している。
 ここまでが本書の元となった単行本版の内容であるが、文庫版では第6章にてその後に採取したスパムメールを掲載している。スパムメールの黄金期は2005年〜2006年であり、その勢いはある程度収まったものの、それ以降は内容に深みのある作品が多いと著者は述べている。


 最後に、これまでに蓄積した中から「スパムメール大賞」を選び出している。栄えある大賞に選ばれたのは、2005年2月5日に著者が受信した「米田寅美といいます。」という題名のものである。内容は、夫・息子夫婦と死別し、自らも高齢で先の短い老婆・米田寅美さんが、唯一の家族である孫娘の相手をしてくれないかと切々と訴える力作である。


 残念なのは、一時期話題になり個人的にも傑作だと思う「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。」についての言及がないことである。

 さらに、ここ数年のSNS流行に呼応して目に付くようになった多彩なSNSへの招待形式メールや、トラックバックスパムスプログTwitterスパムなどへの展開についても特に記述はない。
 このあたりについては、今後の研究が待たれる。


■著者情報
サエキけんぞう - Wikipedia
サエキけんぞう - はてな
サエキけんぞうのsaekingdom.com
※著者の公式サイト


■書誌情報
スパムメール大賞(2009.02.XX/2009.02.10)


■装丁
中川真吾

スパムメール大賞 (文春文庫)

スパムメール大賞 (文春文庫)