【Memo】立山黒部アルペンルート、善光寺

 5/24、立山黒部アルペンルート、及び善光寺方面に出かけてきました。


■5/24行動ログ
06:00 起床
 深夜に一度目が覚めたが、それ以外は夢もみないで熟睡した。
 基本的ながら美味な朝食を食し、出発。


07:00 立山
 立山ケーブルカー乗車。
 立山名物お焼きを食す。

 立山黒部アルペンルート立山から扇沢をつなぐ山岳観光ルートで、中部山岳国立公園を構成する飛騨山脈北アルプス)の3000m級山岳・立山を巡り、黒部ダムを見学することができる。
 最初の交通機関である立山ケーブルカーのみ時間指定が必要で、繁忙期は登山客で混雑するらしいが今回はゴールデンウィーク後・梅雨前の谷間の時期のためあまり混雑せず。


07:07 美女平着


07:15 美女平発
 立山高原バス乗車。
 標高977mの美女平から2450mの室道まで、約50分をかけて高原を登って行く。
 針葉樹の茂る林間道を進み高山帯に入ると植生が変化し、視界が開けて北アルプスの山々を見渡すことができるようになる。
 室道到着間際の道は、除雪によって道を確保した際に両端が高く切り立っており、通称「雪の大谷」と呼ばれる雪の壁として知られている。


08:00 室堂着
 まだまだ雪が深く、室道近辺の散策は断念。
 遊歩道の「雪の大谷」を散策し、立山自然保護センターを見学。


08:45 室堂発
 立山トンネルトロリーバス乗車。
 もともとはディーゼルバス路線だったが199年に環境保護の観点から電気式のトロリーバス路線に転換。後述の黒部トロリーバスとあわせ、トロリーバスは現在日本でここでしか走行していない。
 通常のバスに比べて駆動音も静かで、排気ガスの臭いもなく快適。


08:55 大観峰
 これから向かう黒部湖を見下ろしながら、かぼちゃ蒸しパンを食す。


09:10 大観峰
 立山ロープウェイ乗車。
 環境保護と景観維持のため、途中に支柱を一本も設けないワンスパン方式となっており、本方式のロープウェイとしては国内最長となる。


09:17 黒部平着
 徐々に黒部湖・黒部ダムに近づく。


09:50 黒部平発
 黒部ケーブルカー乗車。
 雪害防止のため全地下式となっている。


09:55 黒部湖着
 黒部ダム上部の遊歩道を徒歩で進みながら、黒部湖と黒部川の景色、そして黒部ダム自体の巨大さを楽しむ。

 レストハウスや展望台、ダム管理施設が並ぶ片隅に、ダム建設殉職者の慰霊碑「六体の人物像
」(松田尚之 作)がある。横の祭壇には今も花が供えられ、ダム関係者が手を合わせる姿が見られたのが印象的であった。

 展望台に登ってようやくダムの全貌を見渡すことができた。巨大人工建造物というのは見ているだけで心躍るものがある。

 ダムの観光放水の見学、黒部湖遊覧船乗船などは期間外のため果たせなかったが、いずれまた訪れた際には楽しみたい。
 高原には付き物の牛乳を飲む。


11:35 黒部ダム
 関電トンネルトロリーバス乗車。
 関電トンネル(旧称・大町トンネル)は黒部川第四発電所建設のため1958年に設置されたもので、立山黒部ルートの一部を成すトロリーバス路線として利用されている他、現在でも資材運送に用いられている。
 本トンネル貫通にあたり、全断面掘削工法により岩盤掘削を行いトンネル貫通工事を行ったところ、断層によって岩盤が砕け地下水を含む破砕帯にあたり工事が難航した。多数の犠牲者を出したが、人的・技術的努力によってこれを克服した様子が小説「黒部の太陽」で描かれ、後に船敏郎・石原裕次郎主演で映画化されて有名となった。


11:51 扇沢
 扇沢駅には車両基地があり、架線とトロリーポールの構造なども良く観察できる。

 長野行きバス発車時刻までしばらく休憩。
 ここで、宿泊地「千寿荘」で購入してあったおむすびの昼食を食す。単純なのりむすびながら、コシヒカリの飯は冷めても美味であった。


12:35 扇沢
 川中島バス・長野大町線乗車。
 睡眠を取り、記憶なし。


14:15 長野駅東口着


14:30 長野駅東口発
 川中島バス乗車。


14:45 善光寺大門着
 善光寺を訪問し、御開帳を見学する。


 最初にくぐる仁王門には隆々とした肉体造形が素晴らしい仁王像を収めているが、1847年焼失・1865年再建、1891年焼失・1919再建という歴史をもち、現在の像は近年の作となっている。
 この再建像の資金提供者について、面白い逸話があるようだ。

 仲見世通りを経て山門をくぐる手前あたりから、人出多数で行列の進みも遅くなる。黒部ではなんとか降らずに来た雨が、ここに来てぱらつき始め雨足が徐々に強くなって来る。
 山門と本道の間には回向柱とよばれる角柱型卒塔婆が立てられている。回向柱は「善の綱」によって本堂に安置された前立本尊の中尊・阿弥陀如来右手へとつながっており、回向柱に触れれば前立本尊に触れたのと同じ利益があるとされている。つまりリモートアクセス装置ということで、回向柱に触れて帰るというのも一つの選択肢である。係員がそのような誘導を行っていても、誰も帰るものはなく、行列は遅々とした進みのまま本堂へ。

 混雑のまま本堂に入る。入堂すぐに安置されている「賓頭盧尊者」像はなでると病疫を退ける功徳があるというなで仏であり、顔面などは目鼻の彫りも全くなくなるほど磨耗している。

 靴を脱ぎ畳敷きの本堂に敷かれた蛇行列を50cm/分程度の速度で進むと、ようやく前立本尊の正面に辿り着く。
 善光寺の本尊は、阿弥陀如来像の左右に観音菩薩像・勢至菩薩像が一つの光背の中に並ぶ「一光三尊阿弥陀如来像」である。仏教伝来期、552年に百済から日本に伝えられた日本最古の仏像と言われる。仏教を受容しない物部氏らの廃仏派によって難波・堀江に廃棄されたところを、都に訪れた信濃国司の従者・本田善光が持ち帰り、故郷・長野県飯田市(現在の元善光寺)に祀った。阿弥陀如来の勅願により、642年、現在の場所に遷座、644年、伽藍を造営し現在に至るとのことである。

 本尊は「絶対秘仏」であり全くの非公開である。本尊の姿を写した「前立本尊」は「秘仏」で、通常非公開だが、6年(数え7年)に1度公開される。これが今回の御開帳「善光寺前立本尊御開帳」である。
 今回の御開帳は史上初「六善光寺同時御開帳」となっており、上記の元善光寺や、 武田信玄織田信長が膝元に移設した甲斐善光寺・岐阜善光寺などの六善光寺で御開帳が行われた。


 前立本尊見学の後、「お戒壇めぐり」を行う。
 お戒壇めぐりは、本尊直下に設置された真っ暗な回廊を巡り「極楽の錠前」を探り当て本尊と結縁する道場である。
 視覚を奪われ手探りで進む感覚は非常に不思議な体験であったが、御開帳のためこちらも人が多く、前後の人と体が触れるような間隔だったのが残念であった。前後に間隔をあけて無音・孤独で行えば、多少は悟りの境地に近づけたかもしれない。


17:00 善光寺退去
 精神的に満たされたところで退去。

 「すや亀 善光寺店」で味噌ソフトクリームを食し、疲れを癒す。
 「すや亀」伝統ある味噌店らしく、味噌ソフトクリームも美味であった。以前、名古屋城売店で味噌ソフトクリームを食したことがあるが、こちらは今ひとつの味わいであったため今回も特に味に期待してはいなかったが、良い意味で裏切られた。

 ついで「根元 八幡屋礒五郎」に立ち寄る。同店は江戸時代中期の創業以来、善光寺の膝元で商いを営む七味唐辛子製造店で、土産として開帳記念缶の七味唐辛子と、八幡屋礒五郎仕様の信州限定キットカットを購入。
 七味唐辛子缶は、50個からオリジナルプリントの注文も可能なようだ。


18:00 長野駅近辺
 そろそろ空腹となり、土地の名物で夕食をと適当な店を探すがなかな見つからず。結局長野駅すぐ近くの「手打ちそば処 戸隠」に入り、天ぷらそばを食す。麺はなかなか、天ぷらはそこそこといったところか。

 ついで「ドトールコーヒーショップ 長野MIDORI店」にて喫茶、しばし歓談。

 先行隊を見送ったあと、「平安堂 長野店」で書籍をそぞろ見。旅行先でもつい書店が気になる。


20:59 長野発
 JR・あさま552号乗車。
 東京に向け帰路に着く。


22:34 上野着


■参考
立山黒部アルペンルート - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E5%B1%B1%E9%BB%92%E9%83%A8%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88
黒部ダム - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E9%83%A8%E3%83%80%E3%83%A0
善光寺 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%84%E5%85%89%E5%AF%BA
善光寺本尊『一光三尊阿弥陀如来』の由来(縁起のあらすじ)
http://w1.avis.ne.jp/~wakaomi/engi/
「どうして長野に善光寺があるのか」
http://www.h7.dion.ne.jp/~tsumugu/tsumugu020317.htm